俺たちに翼はない 羽田鷹志編

思いっきりネタばれしてます。未プレイ、終わっていない人は読まないのを推奨。

ほら、空ってどこにでも繋がってるよね
どこへ逃げたって、敵はその白い翼でどこまでも追っかけてくるんだ。
だから翼のない彼らは、どこにも繋がってない空を求めていた。
そんな願いが通じて、いま彼らはとてものどかな国でジングルベルを聴いていた―
これは"たとえば"の話だけど。
僕らが君に語るのは、たとえばそんなメルヘン。


俺つばは多重人格の主人公によって描かれる作品である訳ですが、一章の主人公、羽田鷹志くんの役割は無敵であることです。正確には、「負けたと思わなければ勝てなくても無敵」、痛みを知らない子供。
彼は、痛みを知らないことにより、痛覚というシグナルに気づかない。


鷹志くんて、空気読めないですよね。山科と話したときに壁が見えないかとか言われてましたが、彼は周りの人のシグナルを読み取ることができない。厳しい環境の中では、彼への害意に気づくことは自ら傷付く行為です。だからこそ、彼は彼にとって優しい世界を想定するし、他人の意図をそういったものだと思い込もうとする。そして、それができないときには、グレタガルドへ逃げ込んで、前後の記憶ごと曖昧にしてしまう。


鷹志くんのものすごい前向き思考って、こういった方向性が一部には確実にあると思います。誰かの悪意まで悪くないものにしてしまう。グレタガルドへ行くことが文字通り現実逃避であることも含め、現実否認的な意味も含む歪んだ認識です。
ですが、この歪みが悪いことなのかまた違っていて。


まず、空気を読まないことにより誰にでも話しかけることができるということがあります。卒業文集を制作した羽田グループの面々て、皆独特の空気を出している人たちです。学園のプリンセス明日香、近付き難いぐらいダウナーになってた山科、その存在感から周りから隔絶している針生。普通だったら、この三人を一人を中心として結びつけてしまうなんてことはできません。だって、空気読んだらそれこそ一人にだって近づけないわけで。空気が読めない羽田くんだからこそ、臆せず話しかけて、そのことによって羽田グループを作ってしまったんですよね。明日香の
「誰かに嫌われることを恐れないっていうのは一つの才能だと思うよ」
というのは、皮肉ではなく真実なのです。


そして、彼の前向き思考、その在り方はむしろ彼の魅力です。
高内が卒業文集に文句をつけてきたときに、針生と山科は口を挟みませんでした。何故二人は羽田君をかばったりしなかったのかというと、彼の在り方を守るためなのではないかと思うのです。高内の言うことが不当だとして、羽田君の代わりに戦うことは可能です。でも、それは彼の望みではない。彼が気が弱くて、戦うことができないからというのであれば、彼の代わりに意見を言うことは彼のためになりますが、そういうことじゃないんですよね。羽田君は、高内が悪気があって言っているのではないということを信じている。
ここで口出しをすることは、彼の意志を遮ることになってしまいます。
だからこそ、針生は高内たちが行くまで黙っていて、
「まあなァ、言いたいことはあるが、お前が班長である以上仕方がないな」
と言い、それまで否定的に言っていた彼の在り方を尊重したんだと思います。


卒業文集作業が続くにつれクラスの人に、そんな彼が認められるようになってきたところで、再び高内に文集の写真のことで責められます。
彼の努力を周りが認めていたため高内の方が悪いという空気になったときに、にもかかわらず羽田君は、

大丈夫。この空はどこにも繋がっていないんだ。ここはとてものどかな国で、心のやさしい人しかこの国にはいないんだ

と言うんですよね。この語られる描写は冒頭のプロローグの世界観です。翼人が追いかけてこない、とてものどかな国というメルヘン。
羽田君のこの認識って、そんなメルヘンを現実にする試みだと思うのです。
彼の「グレタガルド」という物語は、確かに凡庸で、都合が良く、原型からの模倣でしかない特別でない物語です。でも、ここで彼がこうあれたことは、その物語があったからだと思います。


明日香にとっての物語というのも同じで。明日香は小さい頃に理想の弟がいるという物語の中を生きていました。ひとと話すのは嫌いだけれど、一人は寂しい。そんなときに彼女の生み出した、都合のいい存在。でも、大人になるにつれ会えなくなってしまうという、想像力のある子供ならよくあるというありふれた物語。
そして、彼女の中にそんな物語への羨望があったからこそ、羽田君を見つけることが出来ました。


この章で語られる「俺たちに翼はない」の意味は、翼がある、特別なものとの対比だと思います。羽田君の物語も明日香の物語も「どこにでもある、ありふれた物語」。
そしてそんな物語を通じて得られたものは、実際には

なんだか今日の空はやけに高く感じる。いつもとなにか変わったんだろうか。
そう思って空を見上げてみても、そこにあるのはいつものくすんだ白だった。

なのですが、見えてくるものは、
林檎ソーダを通して見える「金色に輝いてしまう」世界
ってやつなのではないか、なーんちゃって、という感じですよ。



という感じで、個人的にはこの一章だけで「俺たちに翼はない」の名を冠してもいいんじゃないの?というくらい気に入っています。あとヒロインの明日香さん大好きです。最後の純白のサマードレスをわざわざ着てくる茶目っ気とか厄介さ*1、そういう日もある、なんだと、とかそういった言葉の選び方まで気に入っています。やっぱりエロゲーを何時間もひたすらやるからには価値観とか思考とか、読みたいものに触れたいよねとか思いつつ。


つーことで、次は二章鷲介くんのシナリオへと向かいます。

*1:褒め言葉