シンシア 〜Sincerely to You〜

僕がフィクションに期待しているものの一つが作品の「奥行き」というやつです。
作品は、例えば主人公の一人称を通してその視界から描かれます。しかし、それだけでその世界をすべて映しきることはできない。本来的には作品に触れているときに見えるものというのは、その世界の一側面にしか過ぎないはずなんですよね。その作品世界は描かれているものだけで終わるものではなく、もっと大きく在ってほしいと思うのです。
ということで、描かれている以外のものを感じさせてくれる作品というものが僕は好きなのですけれど。


ということで、シンシア 〜Sincerely to You〜について。
主人公である純也は、ヒロインであるシンシアとその父親が乗った飛行機を墜落させ、父親を死なせ、シンシアをそのショックから人としての機能を忘れ動物のようにさせてしまいます。そして彼はそのことから、医者としてシンシアを治療するという名目で、彼女の家であるキュリオ家に来ることにしました。というところから物語は始まります。
彼は、そこに来た理由を明かしておらず、あくまで対外的には医者として通しています。しかし、後に分かることですが、皆に彼の背景はばれているんですよね。とかく、一人称から見る世界、特に自分は秘密を持っていると思うような意識は、自分だけが世界の全てを分かっているのだと思いがちです。しかし、この作品では一番視野が狭いのは純也なんですよね。他の人の方が理解していることが広い。だからこそ、瀬尾なんかには彼は非常に邪険に扱われています。
ですが、彼はそこでシンシアの治療や一緒にキュリオ家の人たちと生活するにつれ、徐々に信頼を得ていきました。
キュリオ家の人々や、純也の友人であるリックには、自分は正体を隠して他人と接していると思っている純也よりもよっぽど難しい人間関係の元で生きています。一時的に表面化していない戦争の中で、他人に気を許すことが困難な状況です。そんな彼らにとって、名前の通り「純粋な」純也は、一番気を許すことができる人です。だからこそ彼は、信頼を得ることができたのですよね。


この作品での描写は、必要最小限に近くてかなり簡素です。ラストとかもそうですけど、たとえばマリアと瀬尾の関係やその仲良くなったきっかけというのは*1はっきりと語られることはないですし、リックが純也を何故大切に思っているのかということもエピソードとして語られることはありません。マリアと瀬尾に関しては喧嘩をきっかけに仲良くなったという程度ですし、リックに関してはシンシアルートで純也が死んだ後に命を救われたと言うくらいです。つまり、ここには語られていない「物語」が存在する。本筋とはずれるので、作品中では描かれませんでしたけど、もっと色々なことがあったんですよね。
ラストの簡素さは正直なところもう少しいろいろと読みたいところですが、この作品の性質でもあるからして、少し想像してみることで補おうかなというところです。特に、シンシアのTRUEエンドなんかは、どうやっても止まらなかった戦争が収まったという事が起こっていて、これはキュリオ家のような戦争を止めたい側と、リックのいた戦争を起こしたい側の人の両方の努力があって起こったことだということを考えると、それこそいろいろと考える余地があるのではないかなと思えます。
このバックグラウンドを持つ作品世界ならば、描かれていないところでもやっぱり登場人物たちが幸せになれたのではないのかなと。



ヒロインで僕が好きなのはやっぱ瀬尾ですね。純也のことを最初の頃はほんとに好きじゃないなという感じとか。瀬尾ルート以外の関係の微妙な距離感とかなかなか良い感じでした。

*1:僕が読み落としてなければ